自由に泳ぎ回るウオノエ科寄生虫Anilocra pomacentri の生態と生活環

多くのウオノエ科寄生虫は似た生活史を持っていて、全てが魚類に寄生して生活します。しかし、魚の体表に寄生する奴らは、他とは少し違った生涯を送っているようです。 Anilocra pomacentriはスズメダイなどの魚の体表に寄生する寄生虫です。

この寄生虫は、ウオノエ科寄生虫では珍しく、生活環が調べられているので、紹介したいと思います。

Anilocra pomacentri の雌

一生の始まり

この寄生虫の卵は、他のウオノエ科寄生虫と同様に、魚に寄生した雌のお腹にある「育房」という袋の中で育ちます。

ウオノエ科寄生虫の育房

寄生虫の幼体は育房の中で脱皮を繰り返し、「マンカ」と呼ばれる幼体になります。マンカになってから2日くらい経つと、マンカは育房から外に放出されて、自由に海の中を泳ぎ回るようになります。マンカを放出し終わった雌の寄生虫は、この後短い時間だけ魚の血を吸って栄養補給を行います。魚に寄生している雌が魚から栄養を奪うのは、子供を送り出した直後だけなので、魚は見た目ほどのダメージは負ってはいないのでしょう。

Parasitic Isopod - Anilocra apogonae on Western Striped Cardinalfish - Apogon victoriae, Kwinana Grain Terminal, Mar 2013.jpg
近縁種のAnilocra apogonaeが魚に寄生する様子
https://www.flickr.com/photos/oliver_cardona/14493822430/

さて、育房から出たマンカは、海を泳ぎ回って新しい宿主となる魚を探します。このマンカは流れに逆らって泳ぐ性質や、光に集まる性質を持っているそうです。魚を探す上で、なにか役に立つのでしょうか。マンカは1週間くらいの間で新しい宿主を見つけなければなりません。この間に宿主となる魚に出会えなかった場合、マンカはそのまま死んでしまいます。

しかも、マンカが長く寄生できるのはスズメダイの稚魚だけなので、寄生できる確率は更に下がります。マンカと魚が巡り合った時、魚が大きいほど寄生に成功する確率は下がります。

自然界で宿主を探し当てる事ができるのは、莫大な数のマンカのうちごくわずかでしょう。マンカが魚に寄生すると、寄生された魚は寄生虫を引き剥がそうと暴れまわります。その結果、魚がさらなる傷を負ってしまうこともあるようです。

引き剥がされなかったマンカは、6対の足のうち、後ろ側の3対をつかって魚の表面にしっかりと体を固定して、前側の3対の足で魚の鱗を剥がします。鱗を剥がし終えると、鱗がなくなってむき出しになった魚の真皮や筋肉を血液と一緒に食べ始めます。この結果、魚の骨が外から見えてしまうこともあります。

寄生虫は魚の血を吸う?

マンカは寄生した魚の真皮や筋肉、血液を食べますが、大人の寄生虫は血液だけを吸うようです。しかも、血を吸うのは子供であるマンカを育房から送り出した直後だけなので、大人の寄生虫は魚にはあまり悪影響を与えません。

このため、寄生虫が魚に最も害を与えるのは、稚魚にマンカが寄生した直後だと考えられます。しかも、稚魚はもともと成魚に比べて弱いので、簡単に死んでしまいます。

A. pomacentriの寿命

自然界でウオノエ科寄生虫の寿命を調べるのはとても難しいです。なぜなら、同じ寄生虫の個体を長期間観察し続けて、いつまで生きるかを確認しなければならないからです。かといって、寄生された魚ごと寄生虫を飼育してしまっては、結果が自然界と同じかどうか分かりません。

ところが、このA. pomacentriでは寿命を調べることができました。なぜなら、この寄生虫は縄張りを持ったスズメダイに寄生するからです。このスズメダイはだいたい一つの岩を縄張りとします。つまり、その魚は常に同じ場所に住んでいるのです。当然、その魚についている寄生虫もいっしょに同じ場所にいることになります。

このため、研究者は寄生したばかりの寄生虫がついた魚を見つけたら、定期的にその縄張りに出向いて、魚に付いている寄生虫が生きているかを確認すれば、その寄生虫がどれくらいの期間生きるのかを確かめることができます。

このような実験の結果、この寄生虫は平均13.5ヶ月生きると分かりました。

寄生虫の繁殖

一般的なウオノエ科寄生虫の繁殖は、偶然同じ個体に寄生した2匹の寄生虫が交尾して行われます。ウオノエ科寄生虫は雄性先熟という性質をもっており、先に寄生した個体が一瞬だけ雄になったあと雌になり、後から寄生してきた個体が雄になると知られています。また、その雌がいなくなると雄が雌に変化します。つまり、生涯の中で性別が雄から雌に変化するのです。

しかし、このA. pomacentriでは、同じ魚に2匹以上の寄生虫がついているのが見つかることは殆どありません。では、雄と雌はどのように出会っているのでしょうか。

これは、この寄生虫が生きていく道筋は大きく2つに分かれることによって説明することができます。

まず一つ目の道筋では、終宿主となるスズメダイの稚魚に直接寄生することができたマンカは、そのまま成長し、一瞬雄になった後に雌に変化します。この個体は生涯をこの魚の上で過ごすのでしょう。

二つ目の道筋は、マンカがスズメダイ以外の魚の稚魚に寄生してしまったり、寄生した魚が死んでしまったりした場合に必要になります。このような状況に陥った寄生虫はその魚から離脱して、いろいろな魚に短い寄生と離脱を繰り返して成長していくと考えられます。

この二つ目の道筋に進んだ寄生虫は成長しても雄のままです。この雄がたまたま、雌が寄生しているスズメダイにたどり着いたときに交尾が行われると考えられます。

でもなぜ、この雄はその雌と一緒にその魚に寄生し続けないのでしょうか。おそらく、1匹の魚に雄と雌の2個体が寄生し続けるのは、スズメダイにとって負荷が大きすぎるのでしょう。魚が死んでしまっては、魚から動けない雌は死んでしまいます。雄としても、雌には自分の子供を育ててもらわないといけないので、潔く次の魚を探しに離れるのでしょう。

もちろん、二つ目の道筋の途中で、永住できるスズメダイに出会った場合は一つめの道筋に戻ることもあるでしょう。しかし、その寄生虫に対して魚が大きすぎると定着が難しく、小さすぎると魚が死んでしまうので、二つ目の道筋から一つ目の道筋に戻るのはかなり珍しいと思います。

雌は魚に寄生し続けるのに、雄は定着しないというのは、とても興味深い生態だと言えます。

参考文献

Adlard R. D. and Lester R. J. G. (1995) The Life-Cycle and Biology of Anilocra-Pomacentri (Isopoda, Cymothoidae), an Ectoparasitic Isopod of the Coral-Reef Fish, Chromis-Nitida (Perciformes, Pomacentridae). Australian Journal of Zoology 43(3):271-281

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