【大学院生へおくる?】生物研究のサンプリングを効率化したウオノエの研究

生物学の研究では、ある1つの生物種に注目して調べることが多いです。もちろん、こういった情報も重要ですが、生態系の仕組みを明らかにするには、全体を俯瞰した研究が必要です。例えば、サヨリに寄生するサヨリヤドリムシだけを研究しても、ウオノエ科寄生虫に共通の生態に、どのようなものがあるかはわからないのです。

いくつもの種を扱う難しさ

しかし、全体を俯瞰した研究を行うのは大変です。ウオノエ科寄生虫全体の性質を調べようと思うと、宿主である魚を複数種集めなければなりません。ウオノエ科寄生虫の宿主として知られている魚は、深海性のアナゴから淡水性の金魚まで、非常に幅広いので、網羅するのは大変です。採集法も魚によって大きく変わってくるでしょう。

また、中には珍しい魚も含まれるので、高い研究費をかけて採集に出向いても、目的のサンプルが手に入るとは限りません。さらに、ウオノエ科寄生虫の寄生率は種によって異なるので、大量の魚が必要になってきます。

左:タイノエ、中:サヨリヤドリムシ、右:Mothocya sp.

博物館は標本の宝庫

そこで利用できるのが博物館の標本です。博物館は展示している資料のほかにも、普段から標本などの資料の収集を行っています。そして、それらの標本を研究者に貸し出すことも、博物館の役割の一つなのです。

この点に注目して、博物館の標本を利用すれば、ウオノエ科寄生虫についてもっと明らかにできることがあるのではないだろうか!という発想で行われた研究を紹介します。

アフリカでのウオノエ科寄生虫の研究

ウオノエ科寄生虫の情報のほとんどは、大人の雌のものに限られています。特に、口やエラに寄生するものに関する情報が不足しています。また、魚と寄生虫の生息域が一致していないのも不思議です。

このような疑問点を明らかにするためには、様々な種の魚と寄生虫を集めなければなりませんが、膨大な労力が必要となります。

ウオノエ科寄生虫は近年、生態系が正常な状態にあるかどうかを確認する指標として注目されていますが、今ある情報は「ある種だけ」「ある地域だけ」に限られたものばかりです(こちら)。

指標として使うためには、ウオノエ科寄生虫全体について情報が足りていなければ話になりません。

ここで、博物館の資料が使われるわけです。

博物館にある魚の標本とウオノエ

博物館には長年にわたって、魚の浸漬標本(ホルマリン溶液やアルコールに漬けて保存された標本)が集められてきました。実は、これらの魚の口やエラには、ウオノエ科寄生虫が寄生したまま標本になったものも多くあるのです。

では、博物館にある大量の魚の標本と、寄生したまま死んでいるウオノエ科寄生虫を調べることによって、サンプリングを省略して、膨大なデータをもとに研究を行えるのではないか!?と考えられたのです*1

その先駆けとして、魚と寄生虫の大きさがどのように関わっているのかを調べた研究になります。

まず、ウオノエ科寄生虫の宿主となりそうな魚種の標本を、片っ端から博物館で借用します。それらの標本をすべて調べ、寄生虫がついているかを確認して分析するのです。また、この研究は博物館標本を使って研究が可能かを確認した研究でもあるので、野外でのサンプリングも行われています。

寄生虫の研究は博物館の標本でできる

この研究では、博物館でも野外でもウオノエ科寄生虫の採集に成功したようですが、博物館の標本では、野外採集で捕まえることができなかった寄生虫も調べることができたそうです。

紹介した論文内の画像

また、今まで明らかになっていなかった。寄生虫の幼体に関する情報も集まりました。ウオノエ科寄生虫は主に魚がまだ赤ちゃんの頃に寄生し、魚と一緒に成長していると考えられています(こちら)。このため、寄生している魚が大きいほど、その魚に寄生している大人の寄生虫(オスもメスも)も大きい傾向がありました。

一方、魚とその魚に寄生している幼体の大きさには、あまり関係が見られませんでした。このような結果になったのは、寄生虫は寄生している部位(口もしくはエラ)の大きさ以上には成長できない体と思われます。

寄生虫の幼体は、魚のエラや口よりもかなり小さいので、幼体のうちは魚の大きさに関係なく、のびのびと成長できるのでしょう。

さらに、エラに寄生する種よりも口に寄生する種のほうがより大きく成長できることも、この研究から予想されています。

このような傾向は、調べることのできた複数種で確認できたので、ウオノエ科寄生虫共通の傾向だと考えることができます。博物館を利用しなければ、このような結果を得るのは困難だったでしょう。

野外採集がうまく行かないことで悩んでいる皆さんは、博物館の標本を借りることも検討されてはいかがでしょうか。

引用文献

*1 Rachel L. Welicky, Wynand Malherbe, Kerry A. Hadfield, Nico J. (2019) Smit. Understanding growth relationships of African cymothoid fish parasitic isopods using specimens from museum and field collections. Parasites and Wildlife 8: 182–187

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